恐怖や不安が心の中に積もっていく怖さ

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恐怖が積もっていく

あなたは、恐怖や不安が続いたことによって、何か変化が起きているようなことはありませんか?

私の場合、小学4年の嘔吐をキッカケに、次第に給食を残すことが当たり前になってしまいました…。
そして、その年、吐くことへの不安が積もる出来事に遭遇してしまいます。

前回、私が嘔吐恐怖症になったキッカケは1975年の小学4年生のときの夜、嘔吐したことだったお話しました。その夜の出来事が、あまりにも苦しかったため、吐くことへの怖さが頭の中に残ってしまいました。しかし、このときは、まだまだ小さな怖さでした。

その夜の次の日から、私はどうだったのか、を振り返ってみます。結構、覚えているものですね・・・。
朝目覚めると、全身に疲れが残っていていました。また3回吐いたシーンが頭にも残り、吐くことへの怖さも頭に残っていました。それくらい大変な夜でした。

怖さはとても小さなものでした。朝起きた時、気持ち悪さもなく、ただ全身が疲れていただけのように感じたため、学校に行きました。普段、朝食を食べますが、その日の朝は、食べる気が起きず、食べずに行きました。

1時間目、2時間目、・・・と普通に過ごし、給食の時間になりました。いつも通りに給食を食べていましたが、満腹になると、昨日の夜のようなことが起きてしまうかもと思い、パンを1枚残しました。小学4年生のときの担任の先生は、もともと給食のパンが美味しくないと先生自身もパンを残すこともあったため、給食を残しても何も言わない方でした。

それ以来、給食を全部食べる日もあれば、何となく気分が優れないなと感じるときはパンを残していました。でも、頭の片隅には、あの夜の出来事が残り続けていました。「(気分が悪くなって、吐いたら、どうしよう)」と。

そして、いつの間にか、パン2枚を当たり前に残すようになっていました。牛乳とおかずを食べるだけの給食になっていました。でも先生は残しても気にされない方でしたので、何も言われることもなく、吐くことへの怖さは大きくなることはありませんでした。

そんなある日、昼休みに友人と教室前の廊下で遊んでいるとき、体調が悪くなったクラスメイトが、遊んでいる横の洗面所で吐いているのを見てしまいました。すぐに先生のところに走り「○○さんが洗面所で・・・」と伝えました。その子は、先生に連れられて保健室に向かいました。その後、その話がクラスの中で響き渡りました。「○○さん、ゲボ吐いたぞ!」と。そんなとき、私の頭の中に、あの夜の出来事が鮮明に浮かんでしまいました。「(自分が、同じように言われたらどうしよう)」。

今思えば、“人前で恥をかきたくない、嫌われたくない”という気持ちが強かった私だったんでしょうが、
その性格もあって、小さな怖さが、頭の中でしょっちゅう現れるようになってしまいました。人前で吐いたら、嫌われる、バカにされる、恥をかく、そんなことを意識するようになっていきました。

こんなタイミングで、“小さな怖さ”が、“恐怖”に変わった事件を目にしてしまいます。その事件を見たことによって、私の給食への恐怖、人への恐怖、吐くことへの恐怖が、「確固たる恐怖」に変わってしまいました・・・。

それは、次回お話ししますね。今、思い出しても、驚愕の光景です!

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