恐怖症の私が、小学6年の残り6ヵ月をどう過ごしたか?

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恐怖症の私が、小学6年の残り6ヵ月をどう過ごしたか?

 
小学6年生の給食での出来事によって、心の中だけだった嘔吐への恐怖が、身体に異変が起きるようになってしまいました。それからは、前回お伝えしたように、外食できない、友人宅でも食事ができない、外出のとき電車の中が怖い、飲食店からの匂いで気分が悪くなるなど、行動範囲、時間範囲が狭まり、人との付き合いも制限されてしまいます。

逃げ場もなく、相談できる相手もいない、解決策もわからない、夢も希望も持てない。
ただ、吐くことを恐れ、人と食べることを恐れる毎日。

もう生きるのがつらい。終えようと考えたけど、それも怖くてできない自分・・・。
いつでも生きるのは止められると考え直し、学校へ行くも、毎日同じ繰り返しが続く。

週に1回は、担任に「今日は、体調が良くないので、パンを残してもいいですか?」と頼む。時には返されるけど、週に1回は何とかパンを残せる。

とは言うものの、1時間目、2時間目、…と給食時間が近づくにつれ、

「(今日は、体調が悪いから残すと言って、残してもいいと言ってもらえるだろうか…)」
「(昨日、体調が悪いと言って、残したので、今日は言えないな…。給食時間、突然、気分が悪くならないだろうか?)」
「(もし、急に気分が悪くなって、吐いてしまったら…、怖い)」

など、など、次々に悪いことを考え始めてしまう。

そうなると、
身体に少しずつ、異変が起きてくる。
完全に心の不安や恐怖が、身体を支配している。

そして給食時間が来てしまう…

担任に、体調不良で残していいかを聞いてみようか、それともそれは明日に使う?
そんなことばかり考える。

言えないときは、身体に異変が起きながらも、掃除が終わるまで何とか食べ続ける。
担任に言うか、それとも恥をさらしながら食べるか。

あるとき、女生徒が、気分が悪く、4時間目前くらいに保健室に行く。給食の時間が始まると、給食当番が担任に「○○さん、体調が悪いのでそのまま保健室で横になりますと言っていました。給食は食べられないそうです」と。

「(この手が使える!)」

そう考えた私は、保健室の常連さんになる。

ある意味、恐怖によって身体の調子が悪くなるから、ウソではない。

週に1、2回、3時間目開始くらいに保健室に行くようになる。
「すみません。気分が悪いので、保健室へ行っていいですか?」
さすがに、担任も「ダメ」とは言わない。

保健室に行くとき、気分は回復する。
しかし、保健の先生の前では、気分が悪いように振る舞い、ベッドに横たわる。

給食が始まると、給食当番が保健室に来てくれる。

「鈴木君、今日、給食、食べる?」
「ごめん、まだ気分が悪いので、食べられない…」「(よし!今日の給食は何とか逃れられた!)」

さすがに、担任も保健室には来ない。
保健専門の先生が保健室にいるから、おそらく、そこまではしなかったと思う。

5時間目が終わったころ、体調が回復したように教室へ戻る。

こうして、週に2回は、担任に体調不良だと言い、また保健室に逃げ込むという方法で、給食から逃れる。それ以外の日は大変。気分が悪くなりながらも、給食時間-昼休み-掃除時間を使って、給食を食べ続けていた。

こうして、長すぎた小学6年が終わりを告げる。

卒業式なんて、寂しいとか、悲しいなどはまったくない。
あの担任から逃れられるだけで嬉しかったと思う。よほどイヤだったのか、まったく記憶に残っていない。

5月から緊張する日々ばかり。身体にまで異変が起きてしまうまで悪化。思い出したくもない暗い日々が続いた。

でも、これで終わり!

給食を残しても何も言われない中学校が待っている!!

このとき、恐怖症は自然に治るだろうと考えていた。
一時的な問題だと思っていた。

しかし、
身体に焼き付いてしまったこと、、、それは、そう簡単ではなかった…。根は深かった。

次回は、「中学・高校は恐怖症知らず?」の話をします。

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