彼女と食事をする。その成功体験を積む。以前のような怖さはもう感じない。一緒に出掛けて、食事するのが当たり前に。恐怖症を完全に克服できたかは判らないが、同僚も、女性とも食事に出かけられる。普通の生活を手にすることができた。
とはいうものの、自己催眠術によって、過去の記憶が薄れたわけではない。
当時の記憶は鮮明に残っているものの、思い出しても、身体が当時、当たり前のように示していた異変を起こさなくなっている。
トレーニングによって、リラックスした状態にすることができるということ。不安によって過度の緊張を起こさない身体になったということだろう。もう毎日トレーニングをしなくても、不安になったときに、いつでも、どこでもイメージトレーニングできるようになる。
社会人になる直前の1988年の3月に、自己催眠術の最後のセッションを終えて以降、一度もカウンセリングに行っていないし、もちろん医者にも行っていない。やり方を習ってからは自分の力だけで不安や恐怖を乗り切れている。
人間には気持ちのアップダウンがある。気持ちがダウンしているときは、食欲がなくなったり、食事に不安を感じたりすることもあるが、そんなときは、自分の力で心を安定させることができる。
習い始めたころは、トレーニングに1回30分くらいの時間を使っていたが、体得した後は、3,4分あれば身体をリラックスさせることができるようになった。
トレーニング場所も、布団の上以外に、電車で座っているときや電車でつり革につかまっているときでも、周りがガヤガヤしていても、同じ姿勢を3,4分維持できれば問題ない。
自己催眠術をマスターしたことで、薬のように常に携帯する必要もなく、3,4分、同じ姿勢を保てる場所であれば、いつでもどこでも対応できる。本当に優れもの!
人と食事ができるようになった私は、行動範囲が広がる。自信も芽生えてくる。
もう嘔吐恐怖症から解放されたといえるのではないか。
お付き合いしていた女性とも遠出できる、旅行にも行ける。もう恐れることはない!
入社して3年目。大いなる何かが私の目の前に現れる。
その年の新入社員のA君が、5月になって私のところに挨拶に来る。
私が担当しているメーカーさんの次の営業担当になるとのこと。そのとき、A君から興味深い話が耳に入る。
「新入社員ですけど、もう24歳なんです。大学のとき、2年間休学してアメリカに行ってたので…」
「(そういえば、僕が大学の寮生活をしていたとき、同級生のEとKの2人が、1年休学してアメリカに行っていたよな。うらやましかったけど、当時、嘔吐恐怖症だったからそれどころじゃなかったよな…)」
「どうやってアメリカに行ったの?」乗り出す私。
「アメリカのコミュニティカレッジ、日本でいう短大に入学して2年過ごしました。入学するときは業者を使わず、自力で手続きしました。業者を使うと日本人ばかりがいる大学に行かされますよ。お金もしっかり取りますし。鈴木さん、アメリカに興味あるんですか?」
「僕が大学生のとき、親友2人がアメリカに留学して…。とてもうらましかったんで…」
「今、時間が取れれば、詳しくお話ししますけど?」
「いい? お願い!」
そして、自力でアメリカのコミュニティカレッジに入学する方法について教えてもらう。
恐怖症から抜け出た私、普通の生活さえ手に入れたいとその生活を手にした私、女性とのお付き合いも食事もできるようになった私…。
A君から聞いたアメリカへ行く方法が頭の隅に焼きつく…。
会社の行き、帰り、駐車場から会社に向かう道を歩きながら、憧れのアメリカを考える。
頭の隅にあった思いが、日に日に大きい思いに変わる。
次への野望が芽生える。
次回は「次なる野望を実現!アメリカで恐怖症再発?」をお伝えします。